鍼灸の適応と研究

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私は、鍼灸は症例を積み重ねてきて効果があるものを受け継いできた、という性質のもので、臨床研究による検証やエビデンスが必ずしも必要でないとは思っています。ただ、現代でも人体について科学的に解明されていないことは沢山ありますが、今の段階で、どういう原理で効果がでているのか、現代医療とも比較し、治療効果と副作用、コスト、価値観を総合的に照らし合わせて、患者さんにとって本当に有益なことは何なのかを学ぶ事は大切だと思っています。

現在医学的な最新の情報は海外のものがほとんどで、その情報量は毎年膨大に増え変わり続けています。一年前の当たり前は今年の当たり前ではありません。

ただなかなか自身で英語の論文を検索し理解することが難しく、私がHP上で書いているデータなどの情報は、最先端の論文を引用して情報発信をしている方から学ばせていただいた内容が多い、ということをご承知おきください。

最近はかなり改善されてきたと感じますが、インターネット上の様々な情報は信頼度の低いものも多く、「偉い先生が言っていた、推薦」とか「誰々がやって良かったから」、といったようなものもあり、何の根拠やデータも無いというケースがみられます。

私はなるべく論文ベースでわかっている事と、自分の経験や主観に基づく内容については分けて情報を届けたいと思っています。

症状別の解説やHPの内容は随時、勉強しながら更新していこうと思いますので、ご自身の症状に関係あるところはご覧いただければと思います。

また、これってどういうことなの?というようにわかりにくいことがございましたら是非施術者にお尋ねください。施術者が未熟であり、その疑問に気付かずにいる場合は多く、説明が可能でしたらご説明致しますし、わからなければその情報を調べてみたいと思います。

目次

WHOの見解

鍼灸の適応症といって、1979年にWHOが列挙した以下の疾患が示されていますが、これはWHOが効果があると認めた疾患、というわけではなくあくまで臨床経験に基づくものであり、研究によって証明されたものではありません。

神経系疾患
神経痛、神経麻痺、痙縮、脳卒中後遺症、自律神経失調症、頭痛、めまい、不眠、神経症、ノイローゼ、ヒステリー

運動器系疾患
関節炎、リウマチ、頚肩腕症候群、頸椎捻挫後後遺症、五十肩、腱鞘炎、腰痛、外傷の後遺症(骨折、打撲、むちうち、捻挫)

循環器系疾患
心臓神経症、動脈硬化、高血圧低血圧、動悸、息切れ

呼吸器系疾患
気管支炎、喘息、風邪及び予防

消化器系疾患
胃腸病(胃炎、消化不良、胃下垂、胃酸過多、下痢、便秘)、胆嚢炎、肝機能障害、肝炎、胃十二指腸潰瘍、痔疾

代謝内分泌系疾患
バセドウ氏病、糖尿病、痛風、脚気、貧血

生殖泌尿器系疾患
膀胱炎、尿道炎、性機能障害、尿閉、腎炎、前立腺肥大、陰萎

婦人科系疾患
更年期障害、乳腺炎、白帯下、生理痛、月経不順、冷え性、血の道、不妊

耳鼻咽喉科系疾患
中耳炎、耳鳴、難聴、メニエール病、鼻出血、鼻炎、ちくのう、咽喉頭炎、扁桃炎

眼科系疾患
眼精疲労、仮性近視、結膜炎、疲れ目、かすみ目、ものもらい

小児科系疾患
小児神経症(夜泣き、疳の虫、夜驚、消化不良、偏食、食欲不振、不眠)、小児喘息、アレルギー性湿疹、耳下腺炎、夜尿症、虚弱体質の改善

肝炎や膀胱炎、腎炎など鍼灸が第一選択にあがらない疾患が多く含まれているのは不自然と思います。
ただここに挙げられているいくつかの疾患に鍼灸が一定の効果があることも多いと感じますし、それに関して研究が進むことは良いことだと思っていますが、このWHOの見解だけが独り歩きすることは鍼灸を正しく理解されないと思います。

診療ガイドラインについて

診療ガイドラインとは「診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなど考慮して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書」のことです。この疾患にはこんな治療法があり、どれくらいの推奨度か(1強く推奨する~2弱く推奨する~推奨しない等)、又そのエビデンス(根拠)レベルがどうか、ということが書かれています。

近年は鍼治療に関する研究が増えてきたこともあり、徐々に様々な疾患の診療ガイドラインに鍼の記載がみられるようになってきました。

ただ鍼灸の性質上、ランダム化比較試験において対象群との比較が難しいこと(鍼を施さない群には偽鍼といって実際には刺さずに皮膚刺激でとどめたり、少しずらして刺したりするために、ツボに刺した場合と近い生理的反応が起こる場合があり、そのため鍼をした群と偽鍼群との差が少なくなっている可能性が大きい)や、施術内容などの違いで統一された研究がされていないこともあり、エビデンスなどはまだまだこれから積み重ねていかないと正しい評価とはいえないのかなと思います。

とはいえ以前は慢性疼痛ガイドラインなどの作成に全日本鍼灸学会が関わってもおりませんでしたので、徐々に研究が積み重ねられ、評価されてきているのだと思います。

1.慢性疼痛診療ガイドライン(2021)

厚生労働省や日本ペインクリニック学会、日本腰痛学会、日本運動器疼痛学会、全日本鍼灸学会など10の学会が関与して作成されたものです。

運動療法や鍼灸マッサージが慢性疼痛に有用であるということが書かれています。

その中で一般的な運動療法は慢性疼痛に対して、推奨度1で施行することを強く推奨する、とされています。また、徒手療法と短期間併用すると、運動療法単独よりも疼痛改善に有用である、とされています。

鍼灸治療は慢性疼痛に有用か?という項目では、推奨度2(弱)施行することを弱く推奨する、とされています。よく使われるロキソニンなどの非ステロイド性抗炎症薬が同じく推奨度2となっています。

同時に、海外では鍼灸は慢性疼痛に有効であるという信頼性の高いエビデンスもあり、American College of Physicians(ACP,米国内科学会)では慢性腰痛に対して鍼灸を推奨している、と解説されています。

因みにドイツでは、慢性腰痛と膝痛に対して鍼灸が公的保険の対象となっているそうです。

マッサージに関しては、有用であると考えるが今回の結果からは推奨を行うだけの確実性が得られなかった、研究数が少ないなどエビデンスの質が低い、ということで推奨なしとされています。

2.頭痛診療ガイドライン(2021)

以下、全日本鍼灸学会雑誌、2022年第72巻1号、4-13 より引用

・片頭痛のメカニズムについて

現在その発症メカニズムは完全に解明されておらず、最も有力視されているのは三叉神経血管説であり、視覚前兆が引き起こされるメカニズムとしては神経説が提唱されている。
三叉神経血管説とは、頭蓋や顔面部の神経が硬膜の血管にも広がって分布しており、それにより三叉神経に入力された興奮が硬膜血管を支配している神経にも伝わり(逆行性)、神経終末から遊離した物質(CGRPやサブスタンP)が同じく硬膜血管に分布しているAδ繊維の神経(痛みを伝える)を興奮させ頭痛が起きると考えられている。

・緊張型頭痛のメカニズムについて

緊張型頭痛患者では頭蓋周囲筋の圧痛頻度が高く圧痛と頭痛頻度・強さに相関がみられるという報告があるものの、発症メカニズムに関する研究はあまり進んでいない。いくつかの経路が複合的に関与していると考えられており、主に慢性化に至る前のメカニズムは末梢神経感作、慢性化後には中枢性の感作である。
また緊張型頭痛では、心理的ストレス、社会的要因が影響することも報告されており、精神疾患との関連も指摘されている。

・CQ Ⅰ-22 頭痛診療にチーム医療は必要か

この項目は頭痛治療に対して集学的治療が必要かが述べられている項目で、頭痛専門医を中心に、看護師、理学療法士、薬剤師、作業療法士、心理士とともに鍼灸師がメンバーに含まれており、標準治療単独よりも鍼治療を併用した方が効果が高いとしている。
さらに、そこで引用されている片頭痛に対するシステマティックレビューでは、鍼治療と効果が実証されている予防薬物との効果を比較した場合、鍼治療は副作用が低く、その効果がやや高いことが記されているものの、偽鍼(ツボでないところに鍼を刺すこと)と比較すると効果に差がない、と書かれている。

・CQ Ⅱ-2-11 その他の片頭痛の急性期治療薬にはどのようなものがあるか

このなかで、補完代替医療として、鍼灸、ナツシロギク、カフェインなどがあるが、(弱い推奨/エビデンスの確実性B)副作用や使用中の薬剤との相互作用を考慮して使用することが必要である(弱い推奨/エビデンスの確実性C)となっている。
鍼灸が片頭痛の急性期治療の項に記載されていることが貴重である。

・CQ Ⅱ-3-3片頭痛予防療法のゴールはどのように設定し、実施するか

片頭痛の予防に対する非薬物療法として、ニューロモデュレーションや認知行動療法、鍼治療を考慮してもよい、と記載され、片頭痛の標準的なトリアージの非薬物療法の項目にニューロモデュレーション、認知行動療法、有酸素運動とともに推奨されている(弱い推奨/エビデンスの確実性B)

・CQ Ⅲ-4 緊張型頭痛の治療はどのように行うか

緊張型頭痛の中でも治療対象となる頻発反復性緊張型頭痛と慢性緊張型頭痛に対する薬物療法と非薬物療法がある。そのうちの非薬物療法の一つとして鍼灸が記載されている(鍼治療の有効性はしめされているものの個々の研究の質が低いためにエビデンスの確実性はC)

・CQ Ⅲ-6 緊張型頭痛の予防療法はどのように行うか

緊張型頭痛の予防療法は、薬物療法と非薬物療法に大別される。抗うつ薬を主体とした薬物療法(強い推奨/エビデンスの確実性 個別)と筋電図バイオフィードバック療法、認知行動療法、リラクゼーション法、理学療法、鍼灸を中心とした非薬物療法が行われている。予防療法の代表的なものとしては筋電図バイオフィードバック療法、頭痛体操に加え、認知行動療法、頸部指圧、鍼灸、percutaneous electrical nerve stimulation(PENS)、理学療法などが施行されている、エビデンスの確実性なし、と記載され標準的な緊張型頭痛の治療方針の非薬物療法の選択肢に鍼灸治療が記載された。

・CQ Ⅲ-7 緊張型頭痛の治療法には薬物療法以外にどのようなものがあるか

緊張型頭痛の非薬物療法に関するCQである。緊張型頭痛への非薬物療法は、薬物を用いにくい患者や薬物療法との併用において考慮される(弱い推奨/エビデンスの確実性:個別)。ここでは、精神療法および行動療法、理学療法、鍼灸について解説されている。上述した通り、緊張型頭痛に対する鍼灸のエビデンスの確実性はCである。CQ Ⅲ-4とCQ Ⅲ-6の緊張型頭痛と慢性疼痛に対するSRの論文34)が引用されている。これらのSRやmeta-analysisによって鍼灸治療の有効性が報告されているが、個々の研究の質が低くエビデンスの確実性はCであるため、より一層の検討が必要であると述べられている。

・CQ VI-3 薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛, Medication overuse headache: MOH)の治療法と予後はどうか

薬剤の使用過多による頭痛(MOH)の治療法と予後に関するCQである。MOHは、頭痛薬の連用によって生じる頭痛で、ICHD-3では二次性頭痛である「物質またはその離脱による頭痛」に含まれる。MOHの治療の原則は、①原因薬剤の中止、②薬剤中止後に起こる頭痛への対処、③予防薬投与の3つである。MOHは、緊張型頭痛、片頭痛に次いで頻度の高い頭痛であるが、鍼灸に限らず治療法全体のRCTの報告は少ないため、確立された治療法はない。このCQでは、現在のエビデンスからMOHに対する治療法と予後が解説されている。
このCQでは鍼灸治療に関する推奨やエビデンスの確実性についての記述はない。 しかし、MOH を含む慢性片頭痛患者への鍼治療がトピラマート投与とほぼ同等に頭痛日数を減少することを示した研究35)が引用され、鍼灸治療の効果が期待されると述べられている。鍼灸治療は、薬剤の離脱後頭痛のレスキュー薬との併用や代替的な治療法として有用な可能性が考えられる。また、MOHの予防には、患者が急性期治療薬の使用過多と頭痛の進行との関係について理解することが重要である。しかし、多くのMOH患者は、正しい情報を受け取っても覚えていないか十分に理解できておらず、薬剤の使用過多と頭痛による頭痛の慢性化についてほとんど知識がないことが示されている。鍼灸臨床の特徴は、患者と接する時間が比較的長いこと、医療面接や身体診察、施術を介して信頼関係の構築がしやすいことなどがある。つまり、鍼灸師もMOH患者に正しい情報を提供することで薬剤連用や頭痛の慢性化の防止に貢献できる可能性がある。そのためにも、鍼灸師もICHD-3の知識を有したうえでMOH患者(疑い含む)の診療に臨むことが望ましい。

3.他の診療ガイドラインで鍼灸の記載があるもの

脳卒中治療ガイドライン2015

鍼治療のみでは痙縮に効果はないが、運動閾値以下での50Hzでの通電鍼によって肘屈筋の痙縮を改善する。麻痺側上肢6カ所への2Hzの通電鍼治療(12回、30分)と手関節筋力増強訓練は介入6週後の手関節の痙縮を改善する。片麻痺側の方に対するリハビリテーション:少数例の研究では、電気鍼療法は、疼痛軽減、亜脱臼の改善に有効である。

がんの補完代替療法2016

鍼灸治療はがん患者の全般的なQOLを改善させると考えられる

鍼治療による有害事象は低頻度かつ軽微であると考えられる。

鍼治療は化学療法による悪心・嘔吐を軽減させると考えられる

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018

アトピー性皮膚炎の民間療法について鍼により掻痒が改善したという報告があるが、症例数が少なく研究の質が高いものではなかった。

ジストニア診療ガイドライン2018

ジストニアの治療法として何があるか、という部分で鍼灸

音楽家のジストニアの治療法としてなにがあるか、という部分で鍼

が挙げられています

乳癌診療ガイドライン①治療編2018

乳がん進行抑制や延命効果の目的で補完・代替医療を行うべきではない。標準的な癌治療に伴う症状の緩和や不安の軽減などを目的とした補完・代替医療に検討の余地がある。

ランダム化比較試験より容認されるCAM(補完代替医療)としては、内分泌療法によるホットフラッシュに対する鍼治療、ホットフラッシュによる睡眠障害に対する電気鍼治療、などがあげられる。

機能性消化管疾患診療ガイドライン2021 機能性ディスぺプシア 

鍼治療は有用であるとの報告がある、灸治療については検討が不十分であり、その効果は不明である。

非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021

近年鍼治療がCOPD患者などの呼吸困難を優位に軽減することが示されており、今後、広く臨床応用されることが期待される。

診療ガイドライン 症状 推奨度
顔面神経麻痺診療の手引き2011 急性期 科学的根拠がないので認められない
筋萎縮性側索硬化症2013 痛み 鍼治療はエビデンスが不十分であるが行ってみてもよい
過活動膀胱診療ガイドライン2015 失禁・夜間尿他 根拠はないが行うよう勧められる
円形脱毛症診療ガイドライン2017 発毛 勧められない
線維筋痛症診療ガイドライン2017 疼痛・こわばり他 行うことを提案
上腕骨外側上顆炎診療ガイドライン2019 外側上顆炎 明確な推奨を提示しない
非歯原性歯痛診療ガイドライン2019 非歯原性歯痛 不明
間質性膀胱炎・膀胱痛症候群
診療ガイドライン2019
尿意切迫感・頻尿 行ってもよい
女性下部尿路症状診療ガイドライン2019 女性下部尿路症状 行ってもよい
がんのリハビリテーションガイドライン
2019
化学療法・放射線療法
に伴う嘔気
行うことを提案する
腰痛診療ガイドライン2019 急性・慢性腰痛 明確な推奨ができない
過敏性腸症候群 過敏性腸症候群 行うことを推奨する
助産ガイドラインー妊娠期、分娩期
産褥期2020
産痛緩和
陣痛促進
分娩誘発
選択肢の一つとなりうることを伝える
選択肢の一つとなりうることを伝える
勧められない

コクラン・システマティック・レビュー(CSR)について

CSRは、ある目的としての医学的介入についてのエビデンス(科学的根拠)を明らかにするために、世界中の論文を定められた基準で網羅し、評価、要約して公表する方法とされています。

これに関しても先に述べた対象群との比較が難しい事の問題を抱えており、それぞれの研究でどう評価しているかはわかりませんが、それでも一部の疾患には肯定的な結論が出されています。

肯定的

慢性腰痛、緊張型頭痛、頸部障害、術後の嘔気・嘔吐(鍼に限定しない経穴刺激)、原発性月経困難症、妊娠中の腰痛・骨盤痛、陣痛軽減

一部肯定的

片頭痛予防(薬物療法と比較して)、線維筋痛症(通常治療と比較して)、骨盤位妊娠に対する灸、肩痛

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